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なぜ不況期でも「ワーク・ライフ・バランス」施策が必要か?

2009年8月31日

学習院大学経済経営研究所所長 脇坂 明 氏

2008年のアメリカ金融危機から全世界をめぐった不況は、わが国でも最も大きな問題となっています。雇用問題の深刻化をうけ、本年3月23日に政府、日本経団連、連合の政労使三者で、雇用安定に関する合意がなされました。その5本柱のひとつとして、雇用調整助成金制度を併用し、残業削減や休業、出向や教育訓練など多様な方法を駆使して雇用維持を図る「日本型のワークシェアリング」の導入が掲げられました。

  実は、ワークシェアリングの基本的な考え方については、すでに2002年の時点、ITバブルが崩壊した時にも一度議論されました。このときすでに先進的な企業では、緊急避難型のワークシェアリングだけではなく、多様就業型のワークシェアリングも認めていこうとする動きがありました。多様就業型ワークシェアリングは「ワーク・ライフ・バランス」という言葉で広く認知されるようになり、その後の景気回復のなかで浸透してきたという経緯があります。このように、ワーク・ライフ・バランスは好不況にかかわらず、実践されていくという性格を持っています。ゆえに不況時においても必要であるというのではなく、むしろ不況時にこそワーク・ライフ・バランスは浸透していく可能性を有しています。

といいますのは、中長期的にみれば「不況」は、今までの働き方の見直しを迫るきっかけとして働く契機になるからです。不況のように仕事がなくて時間に余裕がある時期でないと、「仕事配分をどうする?」「働き方をどうする?」「処遇はどうする?」等々を見直す時間さえ、繁忙期にはとれませんから。

私は今回の不況を契機に、これまで女性を念頭においた子育てや休業問題が中心であった限定的な「ワーク・ライフ・バランス」の議論が、これからは男性も取得する育児休業だったり、労働時間短縮の理由が親の介護だったり、自分が休養をとるためだったりという、今後あるべき「就業多様化」についての議論へと転換し、活発化してくると思います。そしてそれは日本の社会の未来にとって、望ましいことだといえます。

 今回の不況をきっかけとして、従業員と経営者の話し合いが行われ、企業ごとに職場の実態に合ったワーク・ライフ・バランスの仕組みが作られることを期待しています。

ワーク・ライフ・バランスのメリット

ワーク・ライフ・バランスの推進は、人材確保などを通じて企業価値を向上させます。それは、従業員誰もが利用できる休業や短時間勤務の普及によって、仕事の分担や内容を見直すことを常態化させ、コスト削減や生産性の向上につながります。またメリハリのきいた生活を送る従業員の創意工夫を通じて、付加価値の向上につながります。

ゆえに、ワーク・ライフ・バランスは、もちろん従業員のニーズにかなうだけでなく、企業にとっても利益になるという意味で、「win-win」(互恵)の状況をもたらすというところに特徴があります。

なぜワーク・ライフ・バランスを進めると、企業業績が高まるのでしょうか。まず大卒女性をはじめとして優秀な人材を確保できます。そして従業員の離職を抑制できるので、採用や訓練に要する費用が節約できます。つぎに従業員のモチベーション(働く意欲)が向上し業績向上につながります。このモチベーション向上にはいくつかのタイプがあり、ワーク・ライフ・バランス利用者だけでなく、利用していない職場の従業員の意欲も向上します。またワーク・ライフ・バランス施策を利用するときに、仕事の見直しなどを通じて業務運営が効率化する、といったルートを通じて業績が向上します。我が国では、それぞれの効果がみられる調査結果がありますし、このサイトでも紹介されているように多くの事例があります。

以上の「win-win」の説明は、おおむね、いわゆるフルタイム正社員を対象にしたワーク・ライフ・バランス施策の効果を念頭においたものです。しかし現場視点からは、フルタイム正社員だけで完結する職場は少なく、ワーク・ライフ・バランスを考える従業員の範囲を拡大する必要があります。

正社員でない従業員の雇用環境の改善 

正社員でない従業員のなかの圧倒的多数を占めるパートタイマーに限定して述べましょう。各種調査の結果は、どれをみても「自分の都合のよい日や時間に働きたいから」が最も多く、パートタイム労働者が時間的に自由な働き方を求めており、ある意味でワーク・ライフ・バランスが実現しているかにみえます。

企業において、正社員以外の雇用者の労働力としての位置づけが変化し、パートタイム労働者等を基幹的戦力として活用する動きが進んでいます。しかし、依然として、正社員とパートタイム労働者の所定内給与額に格差があるなど、処遇がその働きに見合っていない現状があります。そのため、パートタイム労働者などについて、正社員との均衡を考慮した処遇を行うことが不可欠です。

パートタイム労働者等は、正社員に比べて、能力開発の機会が与えられず、職業能力が蓄積されないなど、十分なキャリア形成ができないケースが多いようです。処遇の改善とあわせて能力開発の拡充を図る必要があります。

次に紹介するモロゾフ社は、パートタイム労働者の正社員への転換制度など、正社員と正社員以外の労働者との間で相互乗り入れが図れる仕組みを整備しています。これが「短時間正社員」です。

短時間正社員

神戸の菓子会社モロゾフでは、パートの中でも能力や会社への貢献度が高く、店舗の店長を担うパート(50~60名)が出てきたことや、店舗におけるパートの割合が8割超と高い比率を占めることを背景に2002年にパートの処遇改定を行いました。勤続年数と職務内容により、「シーズンパート」=勤続1年未満のパート、「レギュラーパート」、「エキスパート」=リーダークラスのパートの3つに区分しました。

2007年にフルタイム正社員が時間を短くするケースもリーダークラスのパートも同じ社員区分にある「ショートタイム社員制度」を設けました。期間の限定はなく、ショートタイム社員とフルタイム社員間では何度でも両区分間を行き来することができます。2007年10月の第1回ショートタイム社員への転換においては、これまでのエキスパート(169名)を試験なしで転換させました。2008年度のショートタイム社員転換試験では、勤続3年以上のパート(419名)のうち、43名がエントリーし、5名が試験に合格しています。また、フルタイム社員から転換したものは現在3名います。

筆者が関係した研究会において、3つのタイプの「短時間正社員」を考えました。タイプⅠは、育児や介護を事由に短時間(短日)勤務を認める場合など、一時的または一定期間を定めて所定労働時間を短く設定するタイプ、タイプⅡは、定年前の中高年従業員や定年延長・勤務延長によって従業員を短時間(短日)勤務で雇用する場合など、恒常的または特に期間を限定せずに、所定労働時間を短く設定するタイプ、そしてタイプⅢは、上級パートを短時間正社員へ転換する場合など、正社員でない従業員が、正社員になった上で所定労働時間を正社員より短く設定したまま、処遇を正社員と同じレベルにしたタイプです。

短時間正社員を導入(運用)している企業は、現状では、タイプⅠがおよそ2割で、タイプⅡ、タイプⅢは1割以下となっています。育児や介護の短時間勤務をもつ企業が多いので、タイプⅠが相対的に多いですがあと2つのタイプは現状では少ないです。

しかしながら、育児、介護の短時間勤務が職場で確実に普及することによって、育児、介護以外の事由の短時間勤務が検討され導入される道筋が考えられます。自己啓発や健康障害などにも広がっていくと、男女問わず多様な働き方が実現する要の制度になる可能性があります。これは好不況に関係なく推進できる制度だと思われます。

以上

<プロフィール>
脇坂 明 氏
(学習院大学経済経営研究所所長)
専門はワーク・ライフ・バランス、人事労務管理、女性労働。 京都大学経済学部卒業、岡山大学教授を経て、平成11年より学習院大学経済学部教授。平成21年より現職。
「経営戦略としてのワーク・ライフ・バランス」(第一法規)、「日本型ワークシェアリング」(PHP新書)など著書多数。
東京都男女平等参画審議会委員、内閣府男女共同参画会議監視・影響調査専門会ワーキングチーム等の委員を歴任。

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