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これからのワーク・ライフ・バランス
~東京都『ワーク・ライフ・バランス実践プログラム』の
改定にあたって~

2013年3月29日

労働政策研究・研修機構 池田 心豪 氏

都では、この度『ワーク・ライフ・バランス実践プログラム』を改定いたしました。

『ワーク・ライフ・バランス実践プログラム』とは、企業の経営者やワーク・ライフ・バランス推進担当者を主な対象として、ワーク・ライフ・バランスを進める上で役立つ、いわば虎の巻として利用いただくための手引きです。

今回は、改定に当たり、貴重なアドバイスをいただきました労働政策研究・研修機構の池田心豪さんに、これからのワーク・ライフ・バランスについて、ご意見を伺いました。


※ 『ワーク・ライフ・バランス実践プログラム』についてはこちら

企業の取組み状況に対応した『実践プログラム』の改定

ご縁があって、東京都の『ワーク・ライフ・バランス実践プログラム』(以下、実践プログラムと略す)の改定にかかわらせていただくことになった。周知のように、2007(平成19)年末に仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章が策定される前後から「ワーク・ライフ・バランス」という言葉は流行語のように広がり、効果的な取組みを進めるためのノウハウも急速に開発された。そのノウハウを現場に伝える媒体として、2009(平成21)年につくられた東京都の『実践プログラム』も重要な役割を果たしてきた。それから3年経ち、新たな課題も見えてきたことから改定版をつくることになった。だが、正直に申し上げると「少し困ったな」と思う面もあった。それは、この数年の間に、企業の取組み状況にバラツキが生まれ始めていることである。 ワーク・ライフ・バランス憲章が策定された当時は、日本の企業一般が課題とするにふさわしい、最大公約数的なワーク・ライフ・バランスの課題というものをイメージできた。たとえば、育児休業法施行から15年経っていたが、出産前後の女性の就業継続率に大きな変化はなく、「育児休業の制度はあるが利用しにくい」ということが異口同音にいわれていた。また、正社員の長時間労働は根深く、このことが家庭生活だけでなく、自己啓発や地域活動、余暇活動といった仕事以外の生活全般に好ましくない影響を及ぼしているという問題が指摘されていた。「会社人間」という言葉を聞いたことがある読者もいると思うが、「ワーク・ライフ・バランス」という言葉が生まれるずっと前から、日本では仕事と生活のアンバランスが問題にされていた。その実態に大きな変化がないという問題意識が、憲章策定当時は広く共有されていた。 だが、近年積極的に取組みを進めた企業においては、女性の就業継続率向上や、正社員の残業削減・休暇取得率上昇といった成果が報告されるようになっている。こうした旧来の課題をクリアした企業の役に立つ改定をするためには、まだ企業の取組みが進んでいない「次の課題」を示す必要がある。しかしその一方で、ブームともいえる盛り上がりから距離をとり、まだワーク・ライフ・バランスの取組みを始めていない企業も依然として少なくない。特に2008(平成20)年秋のリーマン・ショック以降の景気後退は、ワーク・ライフ・バランスに対する企業の態度を明確なものにしたという印象を筆者はもっている。景気動向にかかわらず問題意識をもって積極的に取組みを進める企業と、そうでない企業の間に差が生まれはじめたのである。ワーク・ライフ・バランスに取り組む企業の裾野を広げるために、まだ取組みを始めていない企業の意欲を喚起することも改定の重要な課題であった。 しかしながら、すでに取組みを進めている企業と、まだ取組みを始めていない企業の双方にとって有益な情報を一冊のパンフレットにまとめることは容易ではない。強調すべきポイントがまったく異なるからである。だが、結論を先に述べれば、事務局の多大な努力によって、改定版の『実践プログラム』は、取組みの進んでいる企業にとっても、まだ取組みを始めていない企業にとっても有益な情報を提供するものに仕上がっている。

本編冊子画像

経営戦略としてのワーク・ライフ・バランス~中小企業は今こそ取組みを

まだ取組みを進めていない企業には、ワーク・ライフ・バランス施策が「経営戦略」として重要であることを強調している。この視点は、従来の『実践プログラム』でも提示されていた。取組みに積極的な企業において、ワーク・ライフ・バランスは、経営の負担になる福利厚生ではなく、優秀な人材を確保し、その定着を図るための経営戦略であるという考え方が常識になりつつある。まだ取組みを始めていない企業にも同じ認識をもっていただきたいという意図で、改定版でもこの視点を強調している。

その観点から、改定版では、中小企業向けのメッセージを新たに掲載した。2007(平成19)年のワーク・ライフ・バランス憲章策定と前後して、仕事と家庭の両立支援の分野では、育児・介護休業法の改正や次世代育成支援対策推進法(次世代法)の施行・改正といった動きがあった。中でも次世代法は、育児との両立を図りやすい職場をつくるために、育児期にない労働者も含めて残業削減や休暇取得促進といった長時間労働是正に取組むことを企業に求めている。同法にもとづく次世代認定マーク「くるみん」を取得することが当たり前になっている業界もあり、採用に応募する学生や若者もチェックしていると聞く。しかし、次世代法が取組みを義務づけているのは常用労働者100人を超える企業であり、100人以下の企業は努力義務にとどまる。結果として、中小企業はワーク・ライフ・バランスの取組みが遅れ気味という状況が生まれている。こうした問題意識から「中小企業でこそワーク・ライフ・バランス」というメッセージを打ち出した。

これから取組みを始める中小企業にとって、同規模の企業がワーク・ライフ・バランスにまだそれほど取り組んでいないという状況は好都合であろう。他社より早く取り組んで成果をあげれば、採用活動で応募者にアピールできる。実際、「くるみん」を取得してから、優秀な人材が採用に応募してくるようになったと報告している、50人以下の企業の事例が『実践プログラム』には載っている。また、中小企業は経営トップと現場の距離が近いため、取組みの成果が見えやすく、企業全体に浸透するのも速いという利点がある。大企業では、本社人事部がワーク・ライフ・バランスに積極的であっても、現場を統率する管理職の理解が追いついていないために、制度はあるが利用しにくいという問題が起きやすい。対して、中小企業では、経営トップに意欲があれば、迅速に取組みを進めることができる。人材の確保と定着に問題意識をもっておられる中小企業の皆様には、ぜひ改定版『実践プログラム』を手にとっていただきたい。

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仕事と介護の両立支援~これから本格化する課題

一方、すでに取組みが進んでいるという企業でも、本格的な取組みはこれからという話をよく耳にするのが、仕事と介護の両立支援である。高齢人口のさらなる増加が見込まれる今後、この課題はますます重要になるだろう。今回の『実践プログラム』改定では、その内容を大幅に拡充している。

仕事と介護の両立支援も、1995(平成7)年の育児・介護休業法制定からすでに15年以上経過しており、それなりの歴史はある。だが、労働者がどのようにして仕事と介護の両立を図っているのか、その実態が明らかになってきたのは、最近のことである。

たとえば、「育児・介護休業法」という法律の名称に表れているように、介護においても育児と同様に休業の必要性は高いという認識をもっている読者は多いのではないだろうか。しかし実際は、介護休業が必要な状況に直面する労働者は少なく、多くは1日ないしは時間単位の休暇を取りながら両立を図っていることが近年明らかになっている。短時間勤務制度の拡充を検討しているが、先の見通しを立てることが難しい介護の性質を踏まえると、その期間はどのくらいが適切なのか判断に困る、という企業もあるだろう。確かに短時間勤務が必要なケースはあるが、通常のフルタイム勤務の中で残業や休暇をやり繰りして両立を図っている労働者も少なくない。その意味で、まずは通常の働き方で継続的に両立を図れる態勢をつくること、その上で両立支援制度の拡充の必要性を検討するという順番で施策を検討する方が介護の実態に適っているという認識が近年広がりつつある。

しかし、そうはいっても実際に介護に直面したら大変なことになるのではないか、という不安をもつ労働者や企業は少なくないだろう。マスコミの報道や書物などを通して伝わってくる介護の様子は重く、つらい。その状況で仕事をするなんて無理だと思うかもしれない。そういうケースもないわけではないが、全体としてみれば、介護期に仕事を辞める労働者よりも、就業継続する労働者の方が圧倒的に多い。介護保険制度が社会に定着した今日では、介護サービスを利用しながら、通院の付き添いやケアマネジャーとの打ち合わせなど、必要に応じて休暇を取りながら仕事を続けるということが一般的になりつつある。だが、在宅介護サービスの利用方法などの予備知識がないために、どうしてよいのかわからないという事態に直面する労働者は今も少なくない。会社の両立支援制度もどのような場面で利用するのが適切なのか、その趣旨を理解していなければ、どれだけあっても足りないということになりかねない。だが、そうした準備を事前にしている労働者は少なく、自分の親はいつまでも元気だと思っていたら、急に倒れて介護が始まり慌てたという話もよく耳にする。知識不足・準備不足によって生じる不安や混乱を避けるために、介護に直面する前から労働者に適切な情報を提供することも重要であるといえる。

改定版の『実践プログラム』には、こうした仕事と介護の両立支援に関する最新の知見を盛り込んでいる。これを読めば、仕事と介護の両立支援について、これまでもっていたイメージが変わるかも知れない。とりわけ、育児支援の取組みが進んでいる企業は、育児からの類推で介護支援も考えるところがある。だが、育児と介護は性質が異なる。その違いを踏まえた取組みのノウハウを『実践プログラム』に加えた。従来版の『実践プログラム』をすでに読んだという方にも、改定版をぜひ手にとっていただきたい。

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熱狂的なブームから冷静な経営判断へ

前述のように、「ワーク・ライフ・バランス」という言葉が使われるずっと以前から、仕事と生活の調和は問題にされていた。「ワーク・ライフ・バランス」という言葉は新しいが問題は古い、何を今さら、という印象をもっている読者もいるだろう。だが、「ワーク・ライフ・バランス」という言葉が流行したことによって、この古くて新しい問題に関心が集まり、企業の取組みが進んだことは前向きに評価して良い。その「ワーク・ライフ・バランス」という言葉も、最近は少し古びた印象を与えるようになっている。しかし、今でも、個々の企業が自身の足元を見ながら適切な人事労務管理のあり方を検討したら、やはりワーク・ライフ・バランス施策は重要という結論になるのではないだろうか。ワーク・ライフ・バランスは、熱狂的なブームから、冷静な経営判断のもとで取組みを進める段階に移行したという言い方もできよう。改定版の『実践プログラム』が、そうした冷静な目で自社の課題を見つめる読者の役に立つものになっていれば幸いである。

<プロフィール>
池田 心豪

独立行政法人労働政策研究・研修機構 副主任研究員。職業社会学専攻。

主な論文に「介護期の退職と介護休業―連続休暇の必要性と退職の規定要因」(『日本労働研究雑誌』No.597、2010年)、「ワーク・ライフ・バランスに関する社会学的研究とその課題―仕事と家庭生活の両立に関する研究に着目して」(『日本労働研究雑誌』No.599、2010年)、「小規模企業の出産退職と育児休業取得―勤務先の外からの両立支援制度情報の効果に着目して」(『社会科学研究』Vol.64 No.1、2012年)

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