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労働時間の問題を考える

2009年10月5日

法政大学キャリアデザイン学部教授  武石 恵美子 氏

ワーク・ライフ・バランスと長時間労働の問題

ワーク・ライフ・バランスを実現するためのアプローチの一つは、仕事と生活が調和できるような施策の推進といえます。休業制度の導入や短時間勤務制度の実施など、フレキシブルな働き方を実現するための取組といえるでしょう。ワーク・ライフ・バランスというと、こうした制度の導入をイメージする傾向が強いように思われます。たとえば、イギリスのワーク・ライフ・バランスの議論は、まさに、働き方のフレキシビリティ=柔軟性の確保が重要なテーマとなってきました。

しかし、日本では、仕事と生活のバランスが図りやすいように様々な制度を整えてみても、そもそもの労働時間が長いために、「忙しい同僚に迷惑をかけられない」という後ろめたさから制度がうまく活用されないケースが多いのが現実です。つまり、精巧な制度を導入したものの、長時間労働が一般的な職場風土というように、制度が乗っている土台に問題があるため、制度がうまくワークしないという状況があります。そこで近年は、休業制度や短時間勤務、在宅勤務など柔軟な働き方の制度導入の検討と併せて、あるいはそれに優先して労働時間の問題にメスを入れる企業が増えてきました。

しかし、労働時間を短くすることがワーク・ライフ・バランスを実現するための方策である、と考えてしまうのも問題です。ワーク・ライフ・バランスへの誤解の一つがここにあります。つまり、長時間労働は悪であり働く人の労働時間を短くしてライフの時間を増やすことがワーク・ライフ・バランスにつながる、という考え方です。ワーク・ライフ・バランス施策を進めると働く人の労働時間が減るために経営パフォーマンスが低下する、という懸念が表明されるのは、この誤解があるからだと思います。

ワーク・ライフ・バランスとは、働く人の労働時間を○○時間まで減らそう、という一律的な働き方を強要するものではありません。この「バランス」という均衡状態は、個々人によって多様であり、その多様性を前提にした社会のありよう、働き方を考えていこうというのが基本的な考え方です。したがって長時間労働の人もいれば短時間勤務を選択する人もいる、同じ個人でも時期によって均衡状態と考える労働時間が変動する、という多様性の存在を前提に労働時間の問題を検討する必要があるでしょう。

長時間労働の弊害

とはいえ、それでは長時間労働の人はそのまま放置しておいてよいのか、というと問題があります。労働時間へのニーズは多様であっても、希望以上に長く働いてしまっている=働きすぎの人がかなり多く存在しているからです。また、自分は労働時間が長くてもこれが自分にとってのバランスだ、という場合、それはその人個人の考え方としては問題がなくても、自分の基準を周囲の人にも当てはめてしまう場合に問題が発生します。「仕事と生活の理想とするバランス状態は多様である」ということを一人ひとりが認識し、自分はバランス状態と考えても他の人は違う、ということを認めることが重要です。

この認識が職場で共有化されないと、たとえば「労働時間の短い人よりも長い人の方ががんばっている」といった評価につながり、職場全体として長時間労働の方向へ車輪が回転してしまいます。それによって、仕事以外のことに時間を投入しなければならない人、あるいは投入したい人にとっては居心地の悪い職場となり、退職に至ってしまうという問題につながります。

夫が働き妻が家事や育児に専念するというパターンが一般的であれば、仕事に専念できる人が職場で圧倒的多数派を占めるので「やるべきことが仕事以外にもある」という状況は顕在化しにくかったのですが、妻も働く共働きが増えればこの役割分担を前提にした働き方は成立しません。現実に、多くの従業員が、仕事以外にやるべきことを持っている人たちになりつつあるのです。

家族介護特に今後注目しなくてはならないのは、家族介護の問題です。高齢化が進み、一方できょうだい数の少ない人たちが増え、家族の介護責任を持つ従業員は急速に増えていくでしょう。育児だけでなく、介護の責任を持つ従業員が増えていくとすれば、長時間労働を前提に職場を運営していては、個人の生活も職場も破綻してしまいます。働き方を変えないと、従業員の変化に対応することができないのです。

また、働きすぎの問題は、ストレスを高める、新しいスキルを身につける余裕がない、職場以外の人間関係を広げることができない、など、働く人自身にとっての問題も引き起こすことになります。同時に、こうした従業員の問題は経営問題に跳ね返ってきます。ストレスによって健康を害したり、従業員が社内の閉じた社会の中で新しい知識などを吸収することもできない状況になれば、経営の視点からも問題です。また、長時間労働は、時間外労働の手当支給という形で直接的なコストにもなっていきます。

労働時間の問題にどう取り組むか

これまで多くの職場では、仕事が終わらなければ残業をするのが当然、という考え方が一般的だったのではないでしょうか。仕事の総量を前提に、その仕事をこなすために労働時間が後追い的に決まっていくという仕事のやり方をしていては、労働時間は長くなるばかりです。必要なことは、長時間労働を前提に仕事をすることをやめ、一定の時間の枠内で効率的に業務をこなすための仕事のやり方とはどのようなものか、ということを検討することです。一般には、時間をかければかけるほど仕事の質は良くなるものですが、仕事はどこかで見切りをつけなくてはなりません。一定の時間の制約の下で仕事の優先度を決め、重要なことには時間をかけ、そうでないことには時間の投入を減らすという「メリハリ」が求められます。

ノー残業デイある企業では、特定の職場において、実験的に週2日の定時退社ルールを取り決めました。前の週に翌週の定時退社の日を個々人が決めて職場スケジュールに書き込みます。これを始めて変化したことは、たとえば会議時間の設定です。それまでは当たり前のように所定外の時間に会議を開催していましたが、常にだれかが定時で帰るためにそれができなくなり、就業時間内に効率良く会議をするようになりました。また、上司の定時退社の日には、上司の判断を求める必要があれば早めに上司に案件を持っていくようになります。つまり仕事の段取りを意識的にするようになりました。この取組以前から、親の介護のために定時で帰っていた女性は、以前に比べてはるかに職場の雰囲気が良くなったと評価しています。

「24時間働ける」人というのは実際にはきわめて少数です。にもかかわらず、それを前提に仕事を組み立ててきたこれまでの状況を見直し、せめて週に2日くらいは定時で帰る、ということに取り組んでみてはどうでしょうか。総量としての労働時間を短縮することを目的にするのではなく、仕事と生活の調和を図るためにどのような働き方が必要なのか、ということを職場で考え、できるところから始めてはどうでしょうか。

以上

<プロフィール>
武石 恵美子 氏
(法政大学キャリアデザイン学部教授)
専門は人的資源管理・女性労働論。
筑波大学卒業後、労働省(現・厚生労働省)、ニッセイ基礎研究所、東京大学社会科学研究所助教授等を経て2006年4月より法政大学。働き方改革の研究に取り組んでいる。
「雇用システムと女性のキャリア」(勁草書房)、「人を活かす企業が伸びる」(共編著、勁草書房)など著書多数。
厚生労働省「中央最低賃金審議会」、内閣府仕事と生活の調和に関する専門調査会等の委員を務める。

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