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離れて暮らす親の介護と仕事の両立~笑顔で暮らすために~

2014年2月13日

介護・暮らしジャーナリスト、NPO法人パオッコ理事長 太田 差惠子 氏

今回は、介護・暮らしジャーナリスト、NPO法人パオッコ理事長の太田差惠子さんによる、仕事と介護の両立をテーマとした全3回の連載コラム(最終回)をお届けします。

 

※「その1 仕事と介護の両立」はこちら

※「その2 遠距離介護に必要なこと」はこちら

その3:A happy medium

パオッコのコアメンバーに英語が得意なスタッフがいます。先日、介護について話していたとき、彼女から「A happy medium」という言葉を聞きました。

 

英和辞典で調べると、「中庸」とかって出てきますが、彼女いわくイギリスなどでは「そこそこの幸せ」というような意味で使うこともあるそうです。

親の介護に向き合う際、この言葉はいい指標になるのでは…、と思います。

 

親に支援や介護を要するようになったとき、子の多くは、「できる限りのことをしてあげたい」と思い詰めます。別居のケースでは、「普段傍に居ない」ことに罪悪感を抱いているケースが少なくありません。だから、余計に頑張ろうとするのですね。けれども、気持ちはあっても何でもかんでもできるわけではありません。それに、そもそも完璧な介護など存在しないのです。

自分自身の暮らしだけでも「完璧」なんて無理なのに、自分以外の人(多くは「親」)の暮らしまで完璧にサポートするなど到底不可能です。対峙するのは「1+1=2」といった数字ではなく、ココロを持った「人」です。

 

Tさん(50代男性)は、故郷でひとり暮らしをする父親の元に2か月に1度通って、話し相手になったり身のまわりの世話をしたりしていました。最初は定期的な帰省に感謝していた父親ですが、同じ頃からTさんの従兄は、伯母のところに月に2度帰省。すると、父親は「○○(Tさんの従兄)は、親孝行だ。月に2度は帰ってきている。お前は冷たい、もっと帰ってこい」と言うようになりました。

心優しいTさんは、父親の言動にまいったなと思いつつも、「同居できないんだから、せめて希望通りに帰省しよう」と考え、帰省の頻度を増やすようにしました。しかし、父親が喜んだのは最初だけ。しばらくすると、「○○は、今度、東京を引き上げてくるらしい。お前は、いつ戻ってくるんだ?」と言うようになりました。父親の要望はどんどんエスカレートします。従兄は夫婦同郷でUターンはもともとの計画だったのです。来年には定年退職を迎えるので戻ろうとしているのですが、そんな説明をしても父親は耳を貸しません。

Tさんは疲れ果てた表情で話します。

「私はどうしたらいいんでしょう。父の希望するように実家に戻るには、仕事を辞めなければなりません。Uターンの話を妻にしたところ、『私は無理。行くならあなたひとりで』と言われました」

 

私はTさんに、冒頭の「A happy medium」を捧げたい気持ちになります。父親にとっての100%満足な生活を築いてあげようと思っても難しいことです。思いやりの気持ちを持ちすぎると、Tさんが自身の生活を犠牲にすることにつながりかねません…。
それに、もしもTさんが家族と別居して、仕事を辞めて父親との同居を選択しても、父親はまた別の不満を口にするようになるのではないでしょうか。

 

家族とはいえ、別々の人生を歩んでいる者が、双方、万々歳なんていう選択はないのです。一方の意思や事情だけを優先するのではなく、そこそこのところで妥協する。冷たいように聞こえるでしょうか。いい加減のように聞こえるかもしれませんが、そうすることによって、結果として長続きすれば親にとっても自分にとってもhappyな選択だといえるのではないでしょうか。

自分自身で全部をするのではなく、様々なサービスを利用し、地域の人たちや専門職の人たちにも味方になってもらう。

 

先日会った別の男性Sさん(40代)も、故郷の親からの「戻ってこい」攻勢にあっていました。親は家族介護を望んでいるらしく、介護保険制度のサービスを利用することも拒否していました。
「将来的には実家の近場の支店に異動願いを出すことも検討しています。でも、それは最期の手段。それはこれまでのキャリアをあきらめることになるので、できれば選択したくない」

Sさんは「いずれ帰る。でも、今は大事な仕事を抱えていてすぐに異動は無理。僕が帰るまでの『つなぎ』で介護保険のサービスを使って」と親を説得。親は渋々ながらサービスを利用するようになったそうです。
「いつまで『つなぎ』でやり過ごせるかは分かりません。けれども、何か言ってきたら『また僕にしかできない仕事を抱えてしまった。これが終わったらね』と言うつもりです」とSさん。

やり過ぎず、やらなさ過ぎず…。

親だけが納得するのではなく、自分も納得のできる中間を探す。Sさんのやり方もそのひとつなのでしょう。

 

その時が来たら、深呼吸して「できること」を「できるように」行うようにしませんか。短期間であれば無理もできますが、そうではなさそうなら「A happy medium」を指標に自分自身の生活設計や人生を大切にしつつ親と向き合っていきたいものです。

(完)

 

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<プロフィール>
太田 差惠子(介護・暮らしジャーナリスト、NPO法人パオッコ理事長)
京都市生まれ。20年にわたる取材活動より得た豊富な事例を基に、「遠距離介護」「ワーク・ライフ・バランス」「介護とお金」等の新たな視点で新聞・雑誌・テレビなどで情報発信。行政、組合、企業での講演実績も多数。1996年、親世代と離れて暮らす子世代の情報交換の場として「パオッコ~離れて暮らす親の ケアを考える会~」を立ち上げ、2005年5月法人化した。
パオッコ http://paokko.org/
【著書】
「70歳すぎた親をささえる72の方法」(かんき出版)、「老後介護とお金」(アスキー新書)、「遠距離介護」(岩波書店)

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