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ライフステージの変化とワーク・ライフ・バランス

2009年11月26日

日本経済新聞社 編集委員 野村 浩子 氏

秋も深まり、大学3年生の就職活動が熱気を帯びてきた。都内の女子大に通うA子さんは、いま悩んでいる。
 

「これからの時代は、共働きをしないと子どもを育てられない。私は仕事をしながらも家庭を大事にしたいから、お局さまといわれても細く長く働きたい」
「でも、やりがいのある仕事もしてみたい。だけど、総合職だと家庭を顧みないくらいバリバリ働き続けないといけないようだし・・・」
 

二者択一で揺れるA子さん。長い髪を束ね楚々とした雰囲気、相手の目をきちんと見据えて話す態度からは、意志の強さがうかがえる。短大を卒業し寿退社した母親から「結婚、出産しても仕事は続けたほうがいい」とアドバイスをされているという。
 

A子さんの母親は40代後半。1986年の男女雇用機会均等法施行以前に社会に出た女性が、子育てしながら会社勤めを続けるには、「悲壮な覚悟」が必要だった。厳しい二者択一を迫られ、A子さんの母のように多くの女性が職場を去った。それから20年以上が経ち、企業は少しずつ変わり始めているが、いまだA子さんの目には硬直的に映る。仕事一本やりのコースか、ステップアップできる仕事は諦める細々コースか。最初にどちらかのコースを選んだら途中で切り替えるのは難しそうだ、と感じている。A子さんが描く就職後のイメージは、厳しい現実の一面を捉えている。しかし一方で、変化の兆しを見逃してもいる。
 

実際には、子育てや介護、また社会人入学などによる学び直しなど、人生のステージが変わるとワーク・ライフ・バランスもまた変化する。たとえば、仕事をしつつも家庭を大事にしたいA子さんの場合。20代の独身時代は仕事の基盤を築くため、ワーク:ライフ=7:3くらいで仕事に比重をおき、子育て期はやや家庭重視の4:6、子育てから少し手が離れたら仕事の比重を高めて6:4に――、と一生の間でバランスが変化することも考えられる。
 

ライフステージの変化とワーク・ライフ・バランス

ワーク・ライフ・バランスの変化にあわせて働き方を切り替えたいと考える社員は、男女ともに増えている。こうした社員の希望にこたえ、企業側が多様な働き方を用意できれば、貴重な人材が出産や介護のために職場を去ることも少なくなるはずだ。仕事か家庭かという変更のきかないコース選択を迫られることなく、人生のステージに応じてコース変更しながら、のびやかに働けるようになるだろう。
 

実際に、多様な選択肢を用意する企業も少しずつ増えてきている。具体的には、短時間勤務やフレックスタイム、在宅勤務など柔軟な働き方を認める制度、また出産を機に退職した女性社員を対象とする再雇用制度などだ。2009年6月に成立した改正育児・介護休業法により、3歳未満の子どもをもつ従業員に対しては、短時間勤務制度(1日6時間)を設けることを事業主の義務とし、従業員からの希望があれば残業免除も義務づけたことも、後押しとなる。こうした制度の対象は、子育て中の女性社員に限るものではない。男性社員にも育児休業の取得を促し、男女ともに長時間労働の是正を促す動きが少しずつ広がってきている。
 

ここで再び、聡明なA子さんは疑問を投げかけてきた。「制度が整ってきているのはわかるんです。でも、本当のところはどうなのでしょう?」
 

たしかに、制度は導入されつつあるが、運用こそ問題。いま企業は変化の途上にある。従業員のライフステージに応じた「柔軟な働き方」を定着させるには、企業文化の改革も必要だ。これまでは、ひとつの会社に長く勤めるほど退職金で報われ、キャリアを中断することなく長時間働き続けることが評価された。育児や介護、また留学や配偶者の転勤などで、長期間職場を離れると「ペナルティ」が課され、昇給昇格や処遇において差がつけられる――こうした文化を見直す必要がある。さらに、仕事をする時間でなく生産性や成果ではかる新しい評価のモノサシも必要だ。
 

管理職には、これまでにない手腕が問われることになる。かつて部下といえば、専業主婦の妻に家庭責任を委ねて残業もいとわず仕事にまい進する男性社員。それが今では、育休明けで短時間勤務をする社員がいるかと思えば、独身でバリバリ働きたい女性社員、介護休暇を取る男性社員と、実にさまざま。多様な働き方をする部下を束ねつつ、業績を上げないといけない。

評価制度の見直しと目標設定

多様な働き方をする部下を抱えることで、管理職の負担は増す。しかし対応次第では組織を強くするきっかけともなる。2007年11月に「日経ネットPLUS」がインターネット上で企業・団体勤務者約1300人に行った調査によると、約3割が「育児休業への対応によって職場にプラスがあった」と答えている。内訳をみると、「業務を引き継いだ要員の人材育成ができた」という答えが最も多く、これに「管理職の意識改革」「業務の効率化」が続く。休業中の社員の仕事を引き継ぐことで、人材育成の「ドミノ効果」が期待できる。また、引継ぎにあたって業務を「見える化」して無駄を洗い出すことで、生産性の向上も図れるのだ。
 

ただし企業としては「現場任せ」ではなく、複雑なマネジメントをする管理職を支える仕組みが必要だ。育児休業による引継ぎなどを機に効率化をいかに図るか、管理職に対する研修も求められる。業務をスリム化した上で、必要ならば代替要員の選択肢も用意すべきだろう。さらに、管理職の評価項目のなかに、ワーク・ライフ・バランスの実現、ダイバーシティ(多様な人材活用)推進といった項目を組み入れ、ボーナスなどで報いる企業も出てきている。
 

社員が無理なく働き続けられるよう環境を整えるのは、企業にとって大きな責任であり、優秀な人材を確保するために必要不可欠な生き残り策でもある。一方で、社員からの働きかけも必要だ。実際に女性社員の声を束ねることで新たな制度が生まれた例もある。「会社の制度が整っていないことを言い訳にしてはいけないのですね」と、A子さん。仕事か家庭か、二者択一の硬直的な仕組みを突き崩すのは、社員ひとりひとりの力でもある。
 

以上

<プロフィール>
野村 浩子 氏
(日本経済新聞社 編集委員)
日経ホーム出版社発行のビジネスマン向け月刊誌「日経アントロポス」の創刊チームに加わり、 その後、平成7年「日経WOMAN」副編集長に、平成15年1月から編集長。
平成18年12月、日本初の女性リーダー向け雑誌「日経EW」編集長に就任。
著書に「働く女性の24時間」(日本経済新聞社刊)。
平成19年9月より、日本経済新聞社の編集委員を務める。

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