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ワーク・ライフ・バランスとメンタルヘルス

2010年2月19日

荒木労働衛生コンサルタント事務所 所長 荒木 葉子 氏

最近、うつは増えているのでしょうか。

平成19年の労働者健康状況調査(厚生労働省)では、仕事で強い不安やストレス等を感じる人は約6割、また、メンタルヘルス上の理由により連続1か月以上休業したり、退職した人がいる企業は7.6%に上りました。また、警察庁調べによると、我が国における自殺者数は10年連続で3万人を超えており、そのうちの約3割が被雇用者であり、40~50代の男性が多い傾向があります。

経済情勢の悪化等の影響により、失業者も増えており、過重労働とともに、大きな問題となってきています。派遣切りも増えており、正規・非正規雇用の格差が今まで以上に大きくなっている印象があります。疾患としての「うつ」には至らずとも、漠然とした不安をかかえている方は増えているのではないでしょうか。

また、「うつは心の風邪」といったキャッチフレーズの影響もあり、「うつ病」は以前よりもポピュラーになりました。今まで目立たない場所にあった精神科クリニックは駅前などに増え、夜間診療も行なっているので、アクセスが良くなった、ということもあるでしょう。ここ数年間で、「うつ病」患者さんは急増している、といってよいでしょう。

何故、うつになるのか。

なんとなく気が重い、憂鬱、今まで楽しかったことが楽しくない・・・一過性のこうした気分は、病気ではありません。しかし、これが長期間続き、不眠、食欲低下、判断力や集中力の低下、死にたいという気持ちが出てきたりすると、うつ病の範疇に入ってきます。うつ病の医学的な成因は良くわかっていませんが、脳内の神経伝達物質の異常などが指摘されています。また、うつ病になりやすい性格傾向として、几帳面、熱中性、正義感にあふれていて曲がったことが嫌い・・・などといわれています。ただし、おおらかで大雑把な方がならない、ということではありません。性格傾向はあるものの、それ以外の病因で発症する場合もあるのです。

うつの診断範囲は広がってきており、多様なうつが存在します。真面目で仕事に過剰適応し、疲労困憊して陥るのは典型的なうつですが、最近では、会社ではうつ症状で出社できないものの、社外では元気で海外旅行は行ける・・・という逃避傾向の強いうつも増えてきています。

ライフサイクルとストレスを考えた場合、入社早期は職業人として自分を確立する時期ですが、これがうまくいかないと「不適応」を起こします。30~40歳は、仕事にも慣れ、自分の地位が確立されていく時期で、頑張りすぎて「過剰適応」しがちな時期です。40~50歳になると、管理職の責任や今までの人生の振り返りなどで「葛藤」が生まれやすい時期です。60歳以上になると、退職を迎え、「喪失」を体験します。女性は、女性ホルモンの影響で月経前、出産後、更年期などにうつ症状になりやすく、家庭と仕事の葛藤、男女差別、セクハラなど男性とは異なるストレス源があり、男性の2倍程度うつになりやすいと言われています。

 
画像①
 

ワーク・ライフ・バランスとメンタルヘルス

米国国立職業安全保健研究所(NIOSH)は職業性ストレスモデルを提唱しています(図1)。仕事の量や質が自分にあっていない、仕事に将来性がない、失業のおそれがある、技術や知識の活用がされない、人間関係が悪いなどの仕事のストレスや、家事や育児などの仕事外のストレスがあり、上司や家庭からサポートが受けられないと心身の不調をきたす、というものです。仕事と家庭のストレスの板ばさみ状態をワーク・ライフ・バランスが整っていない状態ととらえ、この板ばさみを軽減するために、長時間労働の制限、業務の効率化、育児介護休業の整備、短時間制度などが有効であると考えられています。

 
図1 NIOSH 職業性ストレスモデル

図1 NIOSH 職業性ストレスモデル
 

しかし、先ほど書いたような過重労働のうつ、不適応うつは、実はそれだけでは解決しません。

生きているうちには、さまざまなストレスに見舞われます。仕事のストレス、仕事外のストレスをどのように受け止めるか、またそれを解決するために、人的あるいは物的社会資源をどのように使いこなすか、現在降りかかっているストレスをどのように認識し、対処し、適応していくか、という個人の資質が、実は最も重要である、と考えられます(図2)。仕事のストレスと家庭のストレスは葛藤だけでなく、互いに響きあって双方を高める働きもあります。要は、ワーク・ライフ・バランスというのは、仕事と仕事外要因をいかに個人の中で統合していくか、つまりワーク・ライフ・インテグレーションを行なうか、ということの生涯を通じたチャレンジである、といって良いでしょう。そのためには、個人の力、特に柔軟性、コミュニケーション能力、ストレス耐性が求められる時代に入ってきていると思います。

 
図2 荒木先生のワーク・ライフ統合モデル

図2 荒木先生のワーク・ライフ統合モデル
 

個人のワーク・ライフ・バランスと社会のワーク・ライフ・バランス

画像②企業も家庭も、そして社会も、一人では成り立ちません。自分のワーク・ライフ・バランスを整えるのに一生懸命で、周りの人のワーク・ライフ・バランスを破壊していたら、社会のワーク・ライフ・バランスは壊れてしまいます。

さまざまな企業でワーク・ライフ・バランスの取り組みが始まっていますが、多くは終身雇用制、正社員を対象にしたものが多いように思います。正社員のワーク・ライフ・バランスのツケが非正規労働者に回るようであってはいけません。ワーク・ライフ・バランスは、まず、社会のセイフティネットを整えること、非正規・正規労働者の格差を是正すること、基本的な労働法(労働基準法、労働安全衛生法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、パート労働法、派遣労働法など)を遵守することが必須です。そして、その中で、目標を明確にし、さまざまな資源を活用しながら、仕事と仕事外の織糸で自分らしい織物をいかに仕上げるか、ということがワーク・ライフ・バランスの真の意味するところだと思います。それぞれの個性豊かな多様な織物が集まることにより、色鮮やかなタペストリーが出来上がるでしょう。ワーク・ライフ・バランス社会とは多様な人材が能力を発揮し、助け合って生きる社会、様々なストレスはあるものの心身とも健全にサバイブしていく社会ではないか、と思います。

<プロフィール>
荒木 葉子 氏
(荒木労働衛生コンサルタント事務所所長、東京医科歯科大学特任教授)
慶應義塾大学医学部卒業後、内科・血液内科専攻。報知新聞社産業医、カリフォルニア大学サンフランシスコ校留学、NTT東日本東京健康管理センタ所長を経て、2006年から荒木労働衛生コンサルタント事務所所長。2008年より東京医科歯科大学特任教授兼務。日本女医会、NPO法人キャンサーリボン、NPO法人性差医療情報ネットワーク、NPO法人女性のための抗加齢医学研究会、NPO法人【仕事と子育て】カウンセリングセンターなど多数の理事を担う。
著書に『働く女性たちのウェルネスブック』(慶應義塾大学出版会)など。

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